クラフトビール×Over60。古民家を舞台に高津川リバービアが目指す新しいブルワリー像


山陰でまた一つ、新しいブルワリーが産声をあげた。
場所は島根県最西の市、益田市。
名前は「高津川リバービア」という。
設立のキーパーソンは女性。
現地で取材したかったがこのご時世ということもあり、
Zoomでリモートインタビューすることに。
実際の訪問記はまたのお楽しみということにして、
まずは一体どんな人がどんな思いでブルワリーを設立したのか。
その思いの部分を中心に聞いてみた。

日本一の清流で自然の恵みを活かしたクラフトビールづくり

おそらく「高津川」という川はあまり知名度がない。

だがこの川、途轍もなくすごいのだ。
国土交通省の水質調査で、日本に14000あるという一級河川の1位に輝いたことがあり、「清流日本一」に挙げる専門家も少なくない。また、「ダムが一つもない一級河川」としても知られ、その美しさは2019年に中国地方で先行公開された映画『高津川』(原作・脚本・監督:錦織良成)で楽しむことができる(今後、全国公開が予定されている)。

この高津川下流の築160年以上の古民家の一部を利用して2020年6月、高津川リバービア株式会社が誕生した。2020年10月から江津市の石見麦酒と浜田市の三島ファームに委託し、シャインマスカットと吉賀茶を使用したクラフトビールやヴァイツェンといったビアラインナップを展開しているが、2021年1月ついに発泡酒醸造免許を取得。いよいよ石見式醸造法で造る、高津川産のクラフトビールが楽しめることになりそうだ。

代表者は福岡市出身の上床(うわとこ)絵理さん。大学卒業後の2004年、会計検査院に入庁。2017年に公務員のかたわらNPO法人を立ち上げたアクティブな女性だ。2019年6月に会計検査院を退職後に起業し、その約1年後に高津川リバービアの代表に就任した。

プロフィールを記すとこのようになるが、「なぜ醸造所を設立しようと思ったのか?」「そもそもどんな経緯で島根に来たのか?」わからないことばかりだったので、率直に聞いてみた。

中学時代の出来事がきっかけで国家公務員を目指す

「私、そもそもお酒好きなんですよね(笑)。霞が関に勤めていたので仕事後に近辺に飲みに行ったり、自分が幹事でお店を探したりするなかでビールの美味しいお店を知ることに。ビールの世界はベルギーやドイツのものから入っていきました。今もトリペルとかドッペルボックとかあちらの重いビールが大好きです」

こう上床さんは楽しそうに話してくれた。ビールが大好きでブルワリー設立、ということ自体はよくあるが、彼女は福岡出身で勤務地は東京。島根との接点が全くない。高津川リバービアは「Over60(60歳以上)の方々と一緒に働いていきたい」という価値観を重要視しているのだが、この伏線が彼女の中学校時代にあったのでまずはそこを紐解いていきたい。

「私が中学生の頃、祖父が認知症になりました。祖父は私にとって自慢の人。そんなかっこよかった祖父ですが仕事を退職して人と会わなくなると、認知症がどんどん進行してしまったんです。この出来事がきっかけで社会の仕組みをよくしていける仕事に就きたいと思うようになり、国家公務員になることを決めました」

会計検査院は数ある国家公務員の中でも個人の裁量が大きい、と思った上床さん。大卒後、会計検査院に入庁し政府系金融機関や省庁の検査業務に従事。国内外へと頻繁に出張し仕事をバリバリこなしながら、その土地のビールを楽しんだという。

森鴎外がつないだ文京区と津和野の縁

会計検査院では検査業務や文書管理業務を経て、情報システム開発や運用を担当するなど積極的に様々な業務に携わった上床さん。2017年には国家公務員のかたわら、NPO法人のReSDA(リライフ社会デザイン協会)の活動を始めた。

「中学校時代の経験から“いつまでも社会と関わって活き活き生きる”人が社会に増えることを目的として設立。定年退職前後の方のライフキャリアの設計や、そのためのネットワークづくりをしていました」

上床さんが当時住んでいた東京の文京区を拠点に動き出したReSDA。実はこの文京区が上床さんを島根に導く遠因となる。東京の文京区と島根県の津和野町は文豪、森鴎外の生誕の地と終焉の地であり、相互交流をしている。その縁で、津和野町東京事務所(現Tsuwano T-space)が文京区内に開設され、上床さんの生活圏内にあったのだ。

「最初は活動のチラシを置いてくれないかな、と話に行ったのが津和野町東京事務所との関係の始まりです。それから津和野の特産品や野菜を購入しに行ったりして交流するなかで、スタッフの方から“今度、高津川流域関係人口創出プロジェクトっていうのが始まるんだけど、よかったら申し込まない?”と誘われました」

2018年に誘われるがままに高津川流域関係人口創出プロジェクトに参加。同時に、ReSDAの活動をするなかでシニアの本当の心理を知る必要性を痛感、翌2019年に筑波大学社会人大学院のカウンセリングコースに通うことに。そして同年6月、15年間務めた会計検査院を退職した。

好きなこと×働く場をつくる=ビール会社設立

「6月30日付で退職して、リライフワークス株式会社を設立しました。翌日の7月1日に(笑)。会社のそもそもの目的は“いつまでも活き活き働ける場所をつくる”ことでした。ただ、私自身がお酒を飲むことが大好きなので、この“好きなこと×働く場をつくる”ということを実現できる!と思ったのがビール会社の設立だったんです」

高津川流域関係人口創出プロジェクトで出会い、現在高津川リバービア取締役を務める清水啓介さんの後押しもあった。

「清水さんはデザイナーで、株式会社レベルフォーデザインを経営されています。デザインを地域で活かすことに関心があってプロジェクトに参加されたようです。色々話していくなかで私が大のビール好きと知ると、“じゃあ、島根でビールを造ってみたらいいんじゃない?”と提案してくれました。現在、清水さんは東京と島根の二拠点生活をしています。クラフトビールのラベルやHPなどをデザインしてくださるので、とっても助かっています!」

東京と島根を行き来していると漠然とした夢がどんどん現実化、2020年6月に高津川リバービア株式会社を設立した。当初は上床さん一人でクラフトビールを造ろうとしていたが、やはりもう一人いた方が心強いと造り手を探すなかで辻美孝さんと出会った。

シニアを巻き込んで将来は高津川モデルを確立

「辻くんは東京でブルワーを目指していたのですが、思うようにはいかず、地方でのクラフトビール造りに可能性を感じていたようです。とはいえ、こちらには教えられる技術も潤沢な資金もありません。それでも“立ち上げからブルワリーを作り上げていけるなんてとても貴重です”と前向きに捉えてくれていたので、一緒にやっていってもらうことになりました」

現在、岩手から研修生として山田美代子さんが移住。4人体制で高津川リバービアは運営されている。上床さんはこの地で「高津川モデル」を提唱していきたいと考えている。

「“働く”を通して、いつまでも社会と関わって活き活き生きることのできる地域モデルです。“働く”というのは、自分の力で何かを生み出し、それを他の人に渡すことで喜びを得ること。働くことで日々喜びを感じられる人生が高津川では長く送れる。そんな地域になればいいなと考えているので、シニアの方を巻き込んでいきたいですね」

社会的意義に加えて、そこは大のビール好きの上床さん。ビール好きにとって実に魅力的なプランを練っていた。

「すぐ近くを高津川が流れていて、土手があるんですね。例えば、クラフトビールをグラウラー(※ビール用の水筒)かなんかに入れてみんなで土手に行って、お喋りしながらビールを飲む。そんなビアピクニックをしたいなあなんて考えています」

土手でビアピクニック。なんて何気なくも魅力的な言葉だろうか。ぜひ、高津川の土手で新鮮なクラフトビールを飲みたい。今からそのときが楽しみだ。

高津川リバービア
〒698-0041島根県益田市高津2-1-18
TEL 0856-32-9641
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