ChatGPTの時代に誰もが闇おむつさんの喪失感を味わう


よく「矢野さんのTwitter、フォローはしてないんだけど時々見に行きますよ」と言われる。

いや、それならフォローすればいいじゃない、と思うのだけどまあそれは人それぞれなので突っ込まない。し、考えてみるとぼくにもそういうアカウントがある。あった、と言った方が適切かもしれない。

これ、知ってる人いるだろうか。高知県の保育士のアカウント、闇おむつさんである。

最初にどんなツイートを目にしたのか全く思い出せないのだけど、いつの頃からか定期的に訪れるアカウントになった。笑いのセンスに満ちたツイートをし、しかもマニアックな漫画やゲームの知識があり、白状するけど見た目の可愛さにも惹かれていた。ただ、彼女の姿はたいていチラ見せだった。そして、いつもつるんでいる「風俗の友達」などの雰囲気から察するにあまり品のない、言ってしまえばヤンキーの女性だった。

でも、保育士の仕事には熱心で、微笑ましい園での様子を綴ったツイートは楽しかった。無茶苦茶な下ネタも多かったし、友達との夜遊びのワンシーンの画像、よくわからないマニアックなゲームの画像や高知の新聞の投書欄を投稿していたり、Twitterらしい一言ツイートをしたりなど自由にTwitterライフを謳歌していた。今でもなぜか覚えているのは、「頭の中で柔道家の篠原信一の顔を思い出そうとするが、どうしてもチェ・ホンマンの顔になってしまう」みたいなツイートでこれには笑わせてもらった。

時々夜中に(そう、それは必ず夜中だった)ふと思い出しては、Twitterの検索窓に「闇おむつ」と打って、彼女の高知で繰り広げられている若い保育士の飲んだくれの毎日を垣間見ていた。煌びやかな夜の街と若い女性たちの刹那的な群像は、妖艶さもあってたまらなく魅力的だった。そんな泡沫の日々を過ごす綺麗な女性なのに、異常にマニアックでおじさんとしか思えないツイートもしていて、ぼくはそのギャップにもやられていたのかもしれない。こういう女性が世の中に存在するんだな、とぼくは完全なる驚きと好奇心をもって彼女のことを追っていた。

ところが、である。彼女は実在しなかった。

とある日、アカウント主からカミングアウトされたのは以下のことである。

・アカウント主は高知在住のおじさん
・闇おむつの画像は台湾のローカルアイドル
・飲み屋や風俗で聞いた話を脚色してツイート
・保育士ネタは親族の園関係者から聞き込んでツイート
・夜の画像ではハングルや繫字体を消すのに腐心した

等々。これには本当に驚いた。おじさんが趣味でTwitterのアカウントを運用したらプチブレイクし、フォロワーが増えて夢中になって女性を演じ続けていた。それが真相だった。まさに狐につままれたような気持ちになった。

カミングアウトとアカウントの消滅からもう3年の月日が流れるが、正直に言うと、いまだにうっすら闇おむつロスを引きずっている感があるほどなのだ。と言うより、世界観が完璧に出来過ぎていて、今夜も彼女たちは高知の飲み屋街で飲んだくれているんだろうという思いが今もって消えない。

最近、ChatGPTが登場して話題になっている。ぼくもその性能に衝撃を受けている。ライターは終わりかもしれない。だからこそ、今こんなエッセイを書いている側面も間違いなくある。ChatGPTのようなジェネレーティブAIは今後、存在しないこれまたAIで生成された人間のビジュアルを被って、AIで生成された声で喋り出すに違いない。もはやデビューした新人が本当に実在するのか?疑わなければならない時代に入ってきた。実在すると信じて推し活をしていた歌手やアイドル、バンドのメンバーは存在しないかもしれない。

数週間に一度だけTwitterを見に行っていたアカウントですら、3年経過しても何とも言えない寂寞感が残り続けているのだ。毎日の生活を彩ってくれる推しが存在しなかった場合、人はどんな絶望を抱くのだろうか。恐ろしくて想像したくない。しかし、そんな未来は確実にやって来るだろうと想像している。誰もが今後、ぼくが感じた闇おむつロスに近い喪失感を味わうに違いない。