家族3人で仲良く営むアットホームなブルーパブが兵庫県の篠山にあった


“ブルーパブ”(醸造所兼パブ)と聞くとオシャレスポットを想像してしまう。
実際、大人のためのスタイリッシュなお店はたくさんあるけれど、
最近はゆったり寛げるアットホームなブルーパブも増えてきたように思う。
2017年に兵庫県篠山で生まれた「丹波路ブルワリー」もその一つ。
ブルワーとそのご両親が支え合って営んでいるのが大きな特徴だ。
どのような経緯で開業に至ったのか、そこにはどんな日常があるのか。
足を運んで実際に飲んで、お話を聞いてきたのでレポートしたい。

都会に疲れて…両親の移住先だった丹波篠山へ。

大阪の都市部から電車で1時間ほどでたどり着ける兵庫県篠山。丹波の城下町として栄え、ぼたん鍋(猪鍋)が有名な街歩きの楽しい観光地である。

慶長14年(1609)、徳川家康によって築かれた篠山城(跡)。

この地で2017年、丹波路ブルワリーとブルーパブ「テラノ・サウス」をオープンさせたのが代表の井筒一摩さん(32歳)。出身は兵庫県の西宮市で篠山は縁もゆかりもない場所だった、という。

「大学卒業後、大阪と東京で4年ずつ計8年間ほどSEをやっていたのですが、都会に疲れてしまったんですよね。この篠山は両親が移住先として住んでいまして、会社を辞めた後、僕もこちらにやって来ました。実際に住んでみて“程よい田舎”で暮らしやすいと思います」。

醸造所はおよそ50平米とコンパクト、製造量は法律で定められた発泡酒免許の年間最低製造量と同じ6Kl。仕込みは月に2~3回で1回の仕込みは400リットルだ(半分の200リットルで仕込むことも)。

造っているのはピルスナーやIPAをはじめ、イングリッシュビターやピーチサイダーなど多彩。丹波の名産である黒豆や栗、ゴボウなどを副原料に使ったものも造っている。スタッフは基本的に井筒さんとご両親の3人のみだ。

ビール好きになったきっかけを聞くと、驚きの返答が。「実は僕、元々ビールが苦手だったんですよね。大学時代のサークルの飲みが激し過ぎて(笑)」

脱サラ後、甲府で修行をし渡英。3つのブルワリーで学ぶ。

そんなビール嫌いだった井筒さんが無類のビール党になるきっかけを与えてくれたのが、西宮にあったその名も「ビアハウス・ザ・ビール党」というお店だった。

「ビール好きだった両親がその店の常連だったんです。それで、僕もあるとき両親に連れて行かれて…。ビール嫌いでしたが通ううちに好きになっていました。当時、仕事終わりによく寄ってましたね。そこは大手のビールばかりだったんですが、ビアフェスに行ったりするうちに変わったビールを飲むようになってどんどんビールの世界にのめり込んでいきました」。


テラノ・サウスの店内。カウンターからは貯蔵タンクが見える。

東京で仕事をするようになってからもビアパブ通いは続き、酒場で築いた人脈が後々のブルーパブ開業に活きてくる。

「退職後、甲府のアウトサイダーとイギリスの3つのブルワリーで学んできたのですが、アウトサイダーは桜新町のビアパブのビールツアーに参加してたまたま見学したのがきっかけです。イギリスの醸造所は宝塚のビアパブのオーナーさんに紹介していただきました」。

アウトサイダーでは著名なブルワー、丹羽智氏に1カ月師事。イギリスではアトムブルーイング、ヨークシャーブルーイング、ネネバレーブルワリーにてそれぞれ2~3週間ずつ修業を積み帰国。篠山に移り、土地を地域の自治会から借り、お父様の資金協力と銀行の融資を受けて開業にこぎ着けたそうだ。



柔和なお父様とビール好きなお母様に支えられて。

井筒さんのお話を聞けば聞くほど、この丹波路ブルワリーにとってご両親の存在はなくてはならないものに思えてくる。特に寡黙ながら笑顔を絶やさないお父様の存在は大きい。

「建物は父が買ってくれたので父に毎月支払いをしています。お金の面だけではなく、例えば丹波栗を副原料に使ったチェストナットエールは事前の処理がすごく大変なんですが、父が細かい作業を手伝ってくれます。フードの燻製も父が担当です」。

ここで父への深い感謝の言葉が続くのかと思いきや、「でも、父は暇そうにしてるから問題ないんです(笑)」と井筒さんは冗談めかす。一方、お母様はフードを担当。元々、飲食店で仕事をしていたわけではなかったそうだ。

仲睦まじい様子でオープン準備に勤しむ井筒代表のご両親。

「母は完全に主婦の料理ですね。人気のフードはフィッシュ&チップスです。これはイギリス人のレシピで作っています。それとポテトサラダ、篠山ハムのウインナー2種、いぶりがっことクリームチーズ、締めのご飯ものメニューが人気です」。

ご両親にも話を聞いたところ、真のビール好きはお母様のようだった。お母様いわく「夫はお酒だったら何でもいい人なんですよ(笑)」とのことで、息子さんや奥様に軽くいじられながらも笑って流すお父様のこの優しさがお店全体の和やかな雰囲気につながっているような気が僕はした。

イギリス人仕込みのフィッシュ&チップスは衣が驚くほどサクサク。

いつかイギリスで学んだリアルエールを。

「天国のよう」「篠山じゃないみたい」「こんなにクラフトビールがある店なんてここら辺ではありえない」…

いずれもテラノ・サウスを訪れるお客さんから出てきた言葉である。観光地からは少し離れていることもあり、9割5分が近所のお客さんなのだそう。井筒さん自身ブルーパブが大好きだったこともあり、地域の副原料を使ったビールを提供し常連さんから反響が得られていることに一定の手応えを感じている。一方で、課題も尽きない。

「広報が足りていないですよね。このお店の認知度をもっと上げていきたいです。あと製造量は現在の6klから15klまではいける計算です。ただ一人で回す場合、10klが限界と聞くので今は年間10klを目標にしています。それと、地元の飲食店など販路を拡大していきたいと思っています」。


最後に「これからやってみたいこと」についても尋ねると、イギリスで修行した井筒さんらしい言葉が返ってきた。パブの樽の中でじっくり熟成、飲み頃になったら炭酸ガスを使わない特殊なサーバーで提供される英国伝統のリアルエールだ。

「日本でもなくはないのですが、やはり本場のものとは違うんです。イギリスで学んだなかで一番大きかったことって実はパブの文化だったりします。リアルエールの文化。せっかくイギリスに行って体験してきたので、いつか本当のリアルエールをこの店で提供したいと思います」。

美味しいクラフトビールと美味しい料理。そして、アットホームな和やかな雰囲気。そこにリアルエールも加わるとなれば、地元客だけでなく関西のビール好きが一斉に注目するお店になるに違いない。