ビアマニアがレジェンドに師事。クラフトビール空白地帯が突如としてホットスポットに
西部に大山Gビールと475ビール、
東部にタルマーリーとAKARI BREWING。
鳥取県のクラフトビール界は西部を中心に発達し、
東部が追いかけるように発展してきた。
中部は地ビールブーム衰退後、完全に空白地帯となっていた。
そんななか、ついに中部の倉吉に新ブルワリーが誕生することに。
その名も「BREW LAB KURAYOSHI」。
無類のビール好きの醸造長が師に選んだのは、
日本クラフトビール界のレジェンド、醸造家の丹羽智氏だった。
美味しくなることが確定しているようなBREW LAB KURAYOSHI。
オープン直前にお邪魔してきた。
レトロな街の目抜き通りに堂々誕生
鳥取県中部の玄関口、倉吉市。
小高い打吹山の麓に広がり、豊かな水量の天神川やその支流の小鴨川を始め、至るところに小川が流れる水の街である。だが、それ以上に街を特徴付けているのは、江戸時代の陣屋町を偲ばせる白壁土蔵群。
赤瓦と白壁に加えて、昭和レトロを感じさせる建物も居並ぶ、美しくも懐かしい景観が魅力の街だ。
県内外から多くの観光客を集める保存地区の目抜き通りとも言える、本町通りにBREW LAB KURAYOSHIはある。
案内してくれたのは、醸造長の山下真弦さん。
入って左手に醸造スペース、右手にはタップルームが広がる。
山陰では近年、チェストフリーザーがトレードマークの島根県発の石見式を採用するブルワリーが多かったが、こちらはステンレス製のタンク。500リットルサイズの仕込み釜を使用している。
フードは米子のフレンチレストラン、ONZE(オーンズ)が監修するとのこと。8月29日のオープンに向けて色々な準備が急ピッチで進められていた。
倉吉とビールの意外な関係がきっかけで
BREW LAB KURAYOSHIを運営するのは、倉吉ビール株式会社。代表取締役を務める福井恒美さんはIJU交流デザイナーで任意団体リアルマック代表でもある。地元倉吉出身で、東京から倉吉にUターンした後は、奥様の千草さんと二人三脚で移住者と地域をつなぐ活動をしてきた。
ご夫婦ともにビール好きということもあるが、数年前に倉吉とビールの深い関係に気付いてからはブルワリーの設立を目指すように。実は倉吉は大正から昭和にかけて麒麟麦酒の社長を務め、麒麟はもちろん日本のビール産業の発展に大きく貢献した磯野長蔵氏の生まれ故郷なのだ。長蔵氏はキリンビールの“中興の祖”とされており、現在も明記される経営理念「品質本位・堅実経営」を最初に理念とした社長だったそう。
そんな縁もあり、クラフトビール会社の設立を謳ったことで、大のビール好きで国内外の多種多様なビールを飲み、さらにマニアと言えるほどの知識を誇る山下さんが造り手として合流。準備期間2年ほどを経て、現在に至っている。
充実の研修期間とハードだった準備期間
醸造長の山下さんが師匠に選んだのは、日本のクラフトビール界のレジェンドとも言える醸造家、丹羽智さん。山梨県甲府市のOutsider Brewingから静岡県のWest Coast Brewingに移籍したタイミングだったこともあり、研修のため静岡市に赴き、連日ビールの造り方を教わったそうだ。山下さんは師匠のことをこう表現する。
「研修と言うと朝から晩まで怒鳴られて…といった光景を想像するかもしれませんが、丹羽さんは全然怒らないんですよ。とにかくひたすら優しい。僕にも敬語を使って話すくらいです。静岡の生活は毎日学ぶことばかりで充実していましたね。先日はその師匠がこちらに来てくれて、ペールエールを一緒に仕込みました。初仕込みなのでちょこちょこミスをしましたが、その都度すぐに指示してくれたので本当に心強かったです。仕込みもうまくいってホッとしました」
福井夫妻との合流から研修、免許取得、そして初仕込み、ブルーパブ開業へ…と結果だけ書くと順風満帆だが、大変なことも多々あったという。
「最初はなかなか計画が進まず、足踏み状態が続いて精神的につらかったですね。いざ前に進んだら進んだで、免許取得は慣れないことが多くて、大変でした…。再提出や追加資料の提出を要求されたりと何度も徹夜しましたよ。工場関係も基本は僕が全て担当だったので、遅れながらもようやく中国から来た醸造設備を試行錯誤しながら組み立てました。細かい説明書が一切なくてモノだけ届いたんで、巨大なプラモデルを作ってるみたいでしたね(笑)」
フツーからめちゃくちゃ遊んだビールまで
BREW LABという名前は山下さんが命名した。BREWは醸造、LABは実験室といった意味。広島の大学で神経伝達物質、筑波の大学院で神経回路を研究、帰鳥後も民間企業の研究員や分析の仕事をしてきたバリバリ理系の山下さんらしいネーミングと言えるかもしれない。
「これまではビールを飲んで楽しむ側でしたけど、造る側もとにかく楽しいですね。まずはペールエールとゴールデンエール、IPAとピルスナーの4つのド定番をしっかり確立したい。味が安定するようにしたいです。これまで3回仕込みをしたんですが、初めての割にいいのができたんですよね。お客さんからの評価も上々です。いい感触を持てていますが、これを継続しなければ意味がありませんからね」
最後に目標を聞いた。「フツーのビールをフツーに美味しく」といったユニークな言葉が飛び出した。
「ド定番のレベルを引き上げるのが最初の目標です。僕自身、フルーツなど副原料を使ったビールはそれほど好きではなく、定番のストレートなビールが好きなんです。フツーのビールをフツーに美味しく造れたらいいですね。その一方で、限定ビールでめちゃくちゃ遊びたいという希望もあります(笑)」
福井夫妻と山下醸造長の楽しみながらの実験で、倉吉は山陰クラフトビール界のホットスポットになるに違いない。