コロナ禍にもかかわらずアグレッシブに動いた石見麦酒の流儀


石見麦酒が移転した。

このコロナ禍の真っ只中に。
それだけではない。
クラウドファンディングに挑戦し、
飲食店のランチや野菜をデリバリーし、
週末にはドライブスルーで販売。
さらには酒販免許の申請サポートまで…。

立ち止まる人や会社も多かったコロナ騒動のなか、
石見麦酒がここまでアクティブに動いた理由とは。

広大な森の中に佇む石見式の発信基地

久し振りのその人には、ひっきりなしに電話がかかってきていた。

石見麦酒の山口工場長である。
相変わらず忙しい毎日を送っていることが瞬時に見て取れた。

石見麦酒が移転したのは、島根県江津市桜江町にある「温泉リゾート 風の国」の一角。風の国は1990年代に開発されたものの客足の減少から一時閉鎖し、昨年4月からは江津市から事業譲渡された株式会社第一ビルサービス(本社:広島県)が運営している。

東京ドーム7個分という33ヘクタールの広大な面積を有し、「森に泊まる。」というキャッチコピーの通り、大自然に囲まれた温泉リゾートに石見麦酒は6月に移転した。

この移転により、酒類の最大生産量が年30キロリットルから60キロリットルに倍増。また、これまではなかったタップルームを併設し、さらにバリアフリーや空調完備と機能が格段に拡大したという。

実はこの建物、元々は蘭の生殖実験設備だったそう。滅菌機や顕微鏡など醸造にも使える諸設備をそのまま石見麦酒が引き継いでおり、その点でもブルワリーはパワーアップしたことになる。

工場を案内していただいた山口工場長に、なぜコロナ禍にあえて移転したのか。率直に聞いてみた。

コロナ禍を逆手に取って移転を前倒し

「移転自体は決まっていたんです。風の国が2年前に廃業することになって、江津だからということで僕のところに話がありました。今使っているこの棟もお荷物だということだったんですが、中に入ってみると設備が充実している。当時、工場がフル稼働だったこともあって、移転することを決めました。ただ、2021年2月までは無理だと伝えていたんです」

移転をするためには、短期間とはいえ生産を止める必要がある。受注が落ちるうえに要冷蔵の在庫が傷みにくい冬だったらそれが可能と踏んだわけだ。ところが、2020年の春に新型コロナウイルスの感染が国内で拡大。状況は一変した。山口工場長がコロナ禍で考えたこととは。

「壊滅的と言えるほどの受注減でしたし、イベントも軒並み中止で正直どこまで落ち込むのだろう…と全く先が見えませんでしたね。2月には受注がこのまま落ちたら移転を早めようかと考え始め、3月にはもう第一ビルサービスさんに移転します!と伝えていました。そうと決めてからは早かったですね。子ども達がコロナ休みで暇を持て余していたので、片付けなどを手伝ってもらいながら準備を進めました」

一方で、ビールの在庫は膨らんだまま。この在庫を少しでも減らすため、地元の飲食店と組んでクラウドファンディングにも取り組んだ。また、生産を止めたがために余った時間は、飲食店のランチを必要とするお客さんにバイクで配達する時間に充てた。酒販免許の取得をめざす飲食店には、その申請業務を徹底サポートした。

リーマンショック時の苦い経験が原動力に

ここまで怒涛の動きを見せたブルワリーは、そうなかった。一体なぜ石見麦酒はコロナ禍の中でもアグレッシブに動き続けたのだろうか。山口工場長は過去を振り返って、こう答える。

「リーマンショックの経験が大きいですね。あのとき僕は建設の仕事をしていたのですが、経営者として初めて迎えた非常事態で縮こまってしまいました。休業補償や助成金を頼って、嵐が過ぎ去るのをただ待っていたんです。その後、ようやく落ち着いたときに、自分達が完全に出遅れていることに気付きました。その苦い経験があったので、今回のコロナショックではとにかく立ち止まらないようにしようと思ったんです」

「休業しないところと組んで動こう」と決めた山口さんは仲間や飲食店とともに生き残ることを決意。次々に手を打ったのだった。毎週土曜には工場前のスペースでドライブスルーをし、ビールやフードを販売した。デリバリーサービスはランチだけではなく、有機野菜のデリバリーにも広げてビジネスにも結び付けた。

「バイクで移動しながらも、コロナ禍でもやれるビジネスはないか?とずっと考えてましたね。元々旅行業の資格を取ろうと思っていたんですが、そんなときにオンラインツアーがあることに気付きました。オンラインだと旅行業も要らないですしね(笑)。今はオンラインツアーの通販も貴重な収益源になっています」

ビールのみならず他の酒でも石見式で革命を

在庫の消化とブルワリーの移転を済ませ、近隣の飲食店と強くつながり、さらに新しいビジネスまで手に入れた石見麦酒。今後はどのような未来を描いているのだろうか。

「前からビールだけではなく、ワインや果実酒、ワイン、どぶろく…と我々は総合酒メーカーをめざしていました。今回の移転で少しその形に近付いたと思っています。石見式という醸造法は現在、ビールで幸いにも注目を集めていますがどぶろくでも同様に使えます。ですから、石見式でどぶろく革命もできるのではと思ってますね。どぶろくづくりの拠点を別に作ることも考えています」

ビールに限らない酒づくり。今後はこの酒と観光も結び付けていきたいと考えている。

「風の国って広島方面からのアクセスがいいんですよね。だから例えば、広島からここに来て温泉とBBQとビールを楽しんで宿泊。翌日にどぶろくと魚を堪能して帰るといったバスツアーなんてできたらいいなと考えています」

なんと魅力的なツアーだろうか。アイディアマンの山口工場長からは次々と魅力的な企画が飛び出す。風の国という宿泊施設付きの広大なフィールドを手に入れた山口さん。まさに水を得た魚という感じで、思いついた楽しい企画をまたいつもの早業で実現してくれることだろう。