僕が禁煙できた理由
始めた日付をしっかり記憶していると、禁煙は失敗しやすい。
という説をどこかで聞いたことがある。その日付へのこだわりは、そのままタバコへの執着であるため止められない、という理屈だったと思う。確か。それと「○日間禁煙に成功してる!」とすぐに計算できるのもよくないのだとか。
だが、僕の場合、どうしても日付を記憶せざるを得ない。なぜなら禁煙開始日が自らの結婚式の日だったからである。
僕ら夫婦は軽井沢の小ぢんまりとしたホテルで式を挙げた。少人数のいわゆるリゾートウェディングで、披露宴と二次会の後はホテルの部屋で友人たちと飲んでいた。部屋には7、8人いたけれど喫煙者は僕のみだった。僕は最後の一本をよく覚えている(まさかそれが最後になるとは露程も思わなかったけれど)。部屋を出て階段を降り、ホテルの木製の扉を開け、入口付近でゆっくり吸った。軽井沢の初夏の夜はしんと静まり返っていた。夜風が気持ちよかった。その一服は実に美味かった。
若干の千鳥足で部屋に戻ると、なぜか僕の禁煙の儀式が整っていた。首謀者がおり、立会人がおり、撮影者がいた。僕は首謀者と誓いの握手を強要され、折られたタバコを突きつける立会人を背景にしっかり写真を撮られてしまったのだ。それまで禁煙するつもりなんて全くなかったのに、酔った勢いで「わかった!禁煙する!」と高らかに宣言している自分がいた。
あの日から、一本のタバコはおろか、ひと吸いもしていない。
こうして喫煙生活は12年で幕を閉じた。喫煙生活とは、僕の場合、そのまま独身生活だった。その生活の中盤以降、僕は一つのルールを自らに課していた。それは、「ビール1杯につきタバコ1本」というもの。喫煙者の人はよくわかると思うけど、飲みの席のタバコは危険だ。飲酒している間ずっと吸い続けてしまう。飲みが朝まで続くと2箱以上空けてしまうこともあった。「ビール1杯につきタバコ1本」とルール設定しておけば、闇雲に吸い続けてしまうこともなくなる。
このルールには、プラクティカルな側面があった。お会計のとき、自分が何杯ビールを飲んだのかの答えが灰皿の中にあるのである(もちろん規則破りをしてズレが生じてしまうこともよくあったけれど)。
ああ、少し酔ってきたなと思ったら、僕はまず吸い殻の数をカウントした。そして、少なかったら安心してグラスを重ねたし、予想より多かったらすぐにお会計するようにしていた。吸い殻の数はバロメーターだったのだ。ビールもタバコも大好きだった。だからこそ、どちらも節制しなければならないと思っていた。友人たちのおかげで難なくタバコを止めることができた今、節制すべきはビールのみとなった。
昔は飲み過ぎの警鐘を鳴らすのは、灰皿の中の吸い殻だけだった。今は家族の顔と財布の中身と翌日まで残る身体的負担。さらに、体のために「ビール1杯につき水1杯」を勧められる始末。…嗚呼、人生は続いてゆく。オブラディ・オブラダ・ライフゴーズオンブラである。