ビール×コミュニティ。鳥取市鹿野にあるAKARI Brewingの挑戦


One Night Love、Paradise、John Smith…。

およそ日本の、それも山陰の鳥取で造られているとは思えない
オシャレなネーミングのホッピーなビールを造るブルワリー。
それが昨年、鳥取市鹿野で生まれたAKARI Brewingだ。

ビールを学びながら個性的なラインナップを展開中。

マイクロブルワリーを始めるところの多くは、まずは無難なスタイルのビールから造り始める印象がある。ところが、AKARI Brewingは違う。

これまでにリリースしたビールはジンジャーブラウンエール、オレンジウィート、ニューイングランドIPA、ピーチセッションIPA、マンゴーIPAなど。ノーマルなIPAやアメリカンペールエールなども造ってはいるが、かなり個性的なラインナップであることは一目瞭然だろう。

醸造長の清部直樹さんの好きなビアスタイルは想像通り、IPA。「ホップが大好きなんですよ」と微笑む。今は国内外のビールをひたすら飲んでいると言う。

「今はとにかく色々なビールを飲んで学んでいる最中です。うちのブルワリーでインスタもやっているんですが、自分が飲んだ他社製品ばかりアップしています(笑)。よく“自分達のビールをアップすればいいのに”と言われますが、奥深いビールの世界を皆さんにも紹介したくて今の形にしています」

今後も様々なビアスタイルにチャレンジしたいと話す清部さん。県内の食材を副原料に使うことにも意欲的だ。

「鹿野は農業が盛んなので持ち込みが多いんです。梨やイチゴ、柿、蕎麦、ぶどう、もちろん野菜も。県のためにもなるので、それらの食材にもトライしてみたいですね。ただ、やるからには中途半端ではなく、きちんとやりたいと思っています」

醸造設備と清部さん。最近、島根ビールから瓶詰め機を譲ってもらったそう。

ビアマニアがブルワリー設立に動くも、なり手不在で暗礁に…。

実はこの醸造長の清部さん、ある人にとってまさに“待望の人”だった。その人こそ、AKARI Brewing代表の鹿児島敦さん。

代表の鹿児島さんは筋金入りのビール好き。20年近く前、旅行先の海外でエールに出合ってから、通販で国内外のビールを定期的に購入するほどのビアマニアになった。化粧品会社の会社員として東京出張に行く際は、都内のビアバーに通い詰めた。

そんな鹿児島さんは8年前、地元鹿野の同級生に誘われて「あかり本願衆」という任意団体に加入。鹿児島さんは当時のことをこう振り返る。




「特に自分が何かをしたかったわけではないんですが、同級生中心でやっていたので入りました。まあ、青年会みたいなものですね。春になったら桜のライトアップをしたり、出店をしたり、イベントを運営したり。ボランティアで色々やってました」

活動を続けていくうちに、あかり本願衆のメンバーのなかで「核となる事業をやりたい」という話が持ち上がる。そこで鹿児島さんが提案したのがクラフトビールの製造事業だった。

「6年ほど前ですかね、一乗寺ブリュワリーさんやアドバンストブルーイングさんを招いて、免許取得やビール造りの指導をしてもらった時期もあったのですが、結局誰が造る?というところで話が止まりました。もちろん、僕がやることも考えたのですが家族の反対もあり…。造り手がいないままビールプロジェクトは暗礁に乗り上げてしまいました」

そこに現れた救世主が清部さんだったのだ。

設立1周年に合わせて造られたこのビール、ラベルは鹿児島さんを描いたイラスト。

ビール造りをすることへの迷いと人の温かさ。

岐阜出身の清部さんは名古屋でアパレルの仕事に携わり、会社の配属で鳥取にやって来た。3年間鳥取市内に住んで仕事をしていたものの、店舗の閉鎖をきっかけに退職することに。岐阜や名古屋に戻る選択肢もあるなか、鳥取に残ることを決断した。

「鳥取については“もったいない”と思うことばかりでしたね。いいものがあるのに発信できていないことや資本投入されていないこと、アナログなところなど本当にあらゆることで。だからこそ可能性を感じてもいました。次は鳥取で農業もいいかもしれないと思い始めてから、農業大学に通ったり、倉吉の農家さんで学んだりして6次産業への理解を深めていました。その中であかり本願衆の方とつながり、鹿児島さんとも会いました」

ビールを飲むのは人並に好きだったとはいえ、造ることなんて想像したことすらなかった。「ビール造りをやってみないか?」と言われても、すぐには決断できなかったが、最終的には人が決め手になった。清部さんはこう振り返る。

「最後はもう人です。鹿野の人達。飲みに誘ってくれたり、色々気にかけてくれたりして。僕のような外から来た人間を温かく受け入れてくれたのが嬉しかったですし、この人達とだったら大丈夫だと思いました」

こうして昨年7月、清部さんを醸造長にAKARI Brewingは誕生。翌月から島根の石見麦酒で研修を始めた。地元の生姜を使ったジンジャーブラウンエールをフラッグシップとして、今年から本格始動している。

醸造スペースは長年空き家だった店舗。改装も自分達で行った。

日本一の田舎から世界一のビールを出すという夢。

現在は一人で一切を任されているため、試行錯誤を続けている段階だと清部さんは言う。

「例えば、イベントに行くと基本全てが止まってしまいますからね。早くラベルを決めて瓶に詰めたいですし、鳥取東部に限らず県外のお店に出したいとも思っていますが、全部を一気に進めるのは大変なので一つひとつ改善していってるところです」

様々な困難が立ちはだかる現状ではあるものの、清部さんと鹿児島さんが目指している未来は同じだ。鹿児島さんは笑いながら言う。

「僕らが言うことは同じですよ、よく飲みながら未来のことを語り合っているので(笑)。鳥取という日本一田舎の県で小さいながらも挑戦を続けて、コンテストを獲るような世界に通用するビールを造ることです。その姿勢を僕らが見せることで“鳥取すごい!”“カッコいい!”と感じてもらいたい。それと、田舎でも美味しいクラフトビールが飲めることを伝えていきたいですね」

あかり本願衆のビール好きのメンバーはビール持参でブルワリーに集まって、よく国内外のクラフトビールの飲み比べ会を行う。その席で「美味い!こういうの造って!」と清部さんが無茶ぶりをされることもあるそうだ。

地元とクラフトビールをこよなく愛する男たちが仲間たちと楽しみながら意見を出し合う。世界の注目を集める自由なビールって、案外こういう場所から生まれるのかもしれない。そんなことを思ってブルワリーを後にしたのだった。

ブルワリー入ってすぐのスペース。ここで新しいアイディアが生まれる。