有楽町線の片思いとラクリマクリスティ


 「最近、クラフトビールにハマリマクリスティなんだよね」

 といった死語的な言い回しを今でも使う人間がいたら、間違いなく90年代のビジュアル系バンドブームを通った世代である。僕もそうであり、今僕はそのビジュアル系バンド、ラクリマクリスティに再びハマリマクリスティである。

 多くの30~40代にとってこの「〇〇しまクリマクリスティ」という、本来の崇高な意味(キリストの涙)とはかけ離れたダジャレ的な意味でしか記憶に残っていないと思われるLa’cryma Christi。僕もその一人だったが、不意に熱狂が戻ってきたきっかけは今年、ツインギターのHIROとKOJIが揃ってソロアルバムをリリースすることを知ったから。以来、YouTubeで初期の曲を聴きまくりまクリスティ(もうやめるのでご容赦を)である。

 彼らがメジャーデビューしたのは1997年。まさに僕が高校2年で、人生で一番音楽を聴いていた時期と重なる。当時、XJAPANを頂点(その年に解散したが)にラルク、ルナシー、GLAYが君臨し、ビジュアル四天王(マリス、ファナティック、SHAZNA、ラクリマ)が脇を固め、CASCADEやLaputa、PENICILLIN、SOPHIAといった個性派の面々まで居並ぶという最強かつ豪華過ぎる布陣が敷かれていた。




 高校のクラスの中でも各バンドの担当がゆるやかに決められ、CDがリリースされると担当の友人が買い、周りに配給して各自がカセットに録音するという高度に効率化された仕組みが整えられていた。

 僕はラルクとファナティックを担当。ラクリマの担当はTくんだったのを覚えている。学校にもCDやコンパクトCDプレイヤーを持ち込み、お昼や休み時間のみならず授業中にも聴いていた(イヤホンをしてるのが先生にバレないように髪を伸ばす輩までいたほど)。だから今、ラクリマの2枚目のシングル『THE SCENT』なんかを聴くと、高校の教室の雰囲気まで鮮やかに思い出す。そして、淡い恋も。
 
 高校2年の頃、僕は年間80回くらい遅刻している。それには遠浅な理由があった。同じ有楽町線を使う他校の気になる女子(菅野美穂似。思い出補正の可能性あり)がいたからだ。ギリギリ間に合う電車の一本後の小手指行きの電車にその子は乗っていた。そして、いつも同じ車両。何度か目にするうちに、いつしかものすごく気になる子になっていた。が、担任の先生が1分でも遅れたら教室に入れず、遅刻扱いにするという方針にし、僕は迷いに迷った。1本前だったら遅刻はしないがあの子とは会えない。その電車だったら絶対に遅刻するけどあの子に会える。…10代の僕が下した結論は言うまでもなかった。

 僕が気になったのは、その子がバッグにラクリマのキーホルダーやグッズを付け、ラクリマが掲載された雑誌をいつも読んでいたから。僕も『SHOXX』『FOOL’S MATE』『Vicious』辺りの雑誌をよく電車の中で読んでいた。車内はそんなに混んでおらず、毎日向かい合って同じような雑誌を読んでいるため、確実にお互いのことを認識し合う関係になっていた。でも、全てはそこまでだった。絶対に音楽好きという共通点はある!飯田橋のマックで二人だけでラクリマトークしたい!と妄想したが、どうしても最初にかける一言が浮かばず、悶々とした日々が流れた。そんなとき、僕に全く予期していなかったチャンスが巡ってきた。

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 彼女は僕が降りる千川駅の一つ前の要町駅で降りる学校に通っていた。その朝もいつものように僕とその子は向かい合って座り、電車が要町のホームに滑り込んだ。お別れ。ため息をつきたくなるその瞬間、

 カシャーーン!

 と結構大きな音が車内に響き渡った。その子が立ち上がって歩き出したときに髪留めが落ちたのだ。ところが、彼女はそれに気付かずそのまま要町駅で降りて行ってしまった。床に落ちた白い髪留めを僕は拾った。同時に、明日話しかけるネタを拾った!と武者震いした。ところが、予期せぬことは続いた。その晩、髪留めを入れていたバッグを思い切り踏んでしまい、中の髪留めが壊れてしまったのだ。当時の僕は「終わった…」とガラスの迷路の中で悲しみに包み込まれ、千載一遇のチャンスを自らふいにしたことを嘆いた。かくして涙を流したのはキリストではなくこの僕で苦いエピソードは終わる。
 
 
 
 ラクリマの曲は実に幻想的で甘美だ。でも、それに輪をかけて当時の記憶も甘美なものだから時を超えて再び虜になってしまう。あの菅野美穂似(思い出補正の可能性あり)の子は今、元気だろうか。当時衝撃をもって出版された菅野美穂のヌード写真集も、「僕は彼女のために見ないよ。フッ…」と謎のニヒルを気取って読まなかったのもいい思い出だ(内心めちゃめちゃ見たかった)。

 全てはそよぐ風にもたれているかのように不確かだ。ただ、僕にとって一つだけ確かなのは、YouTubeにアップされているラクリマのメジャーデビュー曲『Ivory trees』のPVの画質が異様に荒いということだけだ(誰かアップし直してくれ…)。