東京に久し振りに行って「雪だるま式」知の重要性に気付いた
職業柄持ってはいるけれど、電子辞書というものを全く使わない。
手元に置いておくと便利っちゃ、便利なのだ。小さな頃、意味がわからない言葉が見つかって親に「○○ってどういう意味?」と聞くと、よく「辞書を引きなさい」とにべもなく返された。その影響もあって、知らない言葉を見つけると辞書を引くようになった。分厚い辞書を棚から引っ張り出して、ページを行ったり来たりしながらようやく当該の言葉にぶち当たる。これって、地味に労力が要る。その点、電子辞書は最短でたどり着ける。
でも、どこか味気ない。本の辞書だと否が応にも隣近所の語句が目に入る。調べたい言葉とは関係のない挿し絵に目が奪われる。そして、その説明を何気なく読むことがよくあった。そこからさらに興味が広がって、しばらく辞書内巡りをすることすらあった。電子辞書では知的寄り道が味わいにくい。いつしか電子辞書を使わなくなっていた。
これって、本屋にも似ている。現在は鳥取県の片田舎に住んでいるので、買いたい書籍のほとんどはAmazonで購入する。これは非常にありがたい。もしネットがなかったら本を買いに都市部へと自分が移動しなければならない。現代はクリック一つで本の方が来てくれるのである。でも、そこに落とし穴があるような気もする。東京にいた頃はまめに本屋に足を運んで本を買い、雑誌や売れ筋の書籍をついでになんとはなしにチェックしていた。「よくわからん韓流の雑誌がいっぱいあるんだな」とか「もしドラそっくりの本が出てきたな」とか色々トレンドについて考えさせられた。今やほとんど本屋には行かないので、そんな機会は皆無といっても過言ではない。
先日、久し振りに東京に行った。姉や生まれたばかりの姪っ子に会ったり、お世話になっている企業に挨拶しに行ったり、かつて担当していたラジオ番組の収録に立ち会ったり…等、色々な目的を兼ねて弾丸で訪問し、やりたいことは全部できて満足のいく東京巡りだった。
行く先々でビアバーをチェックし、軽く寄って明るいうちからビールを呷り続けていた。中でも代官山の「スプリングバレーブルワリー東京」は印象的だった。正直言うと、だいたいの知識はネット上で手に入れていたのでなんとなく想像はできた。「でも、まあ行ってみるか」と訪問し、6種類の定番ビールと6種のつまみの「ペアリングセット」をオーダーした。ビールを飲みつつ、やっぱり来てよかった、と思った。
ビールとつまみはそれぞれ美味しかったし、ペアリングの相乗効果も満喫した。でも、それ以外に学びが多々あったのだ。
平日のまっ昼間、ベンチシートにはずら~っと女性たちが居並んで優雅にビアグラスを傾けている。年齢でいうと30~40代くらいだろうか。彼女たちを一言で表現するなら「有閑マダム」である。どの女性も綺麗な身なりを整えていて、セレブな雰囲気に満ち溢れている。「なるほど、この店はお金を持っている奥様方のたまり場になっているのか」とわかった。
話し掛けた男性ウェイターはやたらビールに詳しくて、「将来、独立してブルーパブを開きたい」と語ってくれた。また、キリンから出向中の工場スタッフさんとも10分くらい立ち話することができた。併設のお土産ゾーンもしっかりチェックし、自分用に栓抜きを購入した。ふと見ると、テラス席では外国人が子連れでビールを楽しんでいた。トイレはさすがの綺麗さだった。
秋葉原の常陸野ブルーイング・ラボではその意外なほどの狭さに驚いた。雑誌やネットの記事で目にした限りでは、実際の5倍ほど広いイメージだった。また、たどり着いた瞬間、ちょうど仕込みをしていたため、むせかえるほどのモルトの香りが漂っていたのも印象的だった。
その場に身を置く、というのはなんと豊かな情報を与えてくれるものだろうと感心してしまった。しかも、次から次へと。まさに雪だるま式に経験値が増えていく。今はネットなどで様々な情報を簡単に得ることができる。通販でビールを取り寄せることもできる。でも、それって最短距離かつ単発の経験でしかない。
どんなビールなのか、から始まり、どんな人が作っているのか、辺りにどんな匂いがするのか、スタッフは何人いてどこまでビールが好きなのか、その時間にどんなお客さんがいるのか、メニューはどんな紙質なのか…そこまで一人で多角的にキャッチして初めて、価値のある知見や新しい発想が導き出せるのかもしれない。ネットの検索では絶対に得られない情報も多々ある。これは何もビール関係に限った話ではない。
誰でも検索可能な小さな知の塊をたくさん持っている人より、膨らみに膨らんだ独自の知の塊を1個でも持っている人の方が今後、重宝されるような気がする。…東京に行くと、いつも何かしらの刺激を受けて帰ってくる。