妻飲みたまふことなかれ
「他人の服の匂い」
「骨董屋が商品を包む紙を煮出した味」
テイスティングした後、こんなぶっ飛んだコメントが言えるビール好きは皆無だろう。とあるスモークビールを妻に飲ませ、出てきた感想である。
ビール好きにとって、配偶者や恋人がビール好きかどうかはビアライフを送るにあたって重要な要素だ。もちろん、パートナーが全く飲めないのはつまらない。奥深き世界から得られる喜びを、大切な人とシェアできるに越したことはない。
一方で、両者ともにマニアだと、それはそれで面倒なのではないか。と推測する。特に僕が生活している鳥取のような車社会だと、どちらが飲酒を我慢するか確実に揉める。大山Gビールの工場併設レストランはほぼ車でしか行けないが、僕の中でそこへ行ってるのに「飲まない」という選択肢は天地がひっくり返ってもない。また同じ一本を飲んで、感想や意見が対立することもあるかもしれない。さらに、子どもができたとき、女性は飲酒が制限されるものの男性は変わらずに飲める。要らぬ軋轢が生まれそうな予感がプンプン漂う。
恋人同士だったら問題は表面化しないだろう。むしろ、ビール大好きな人同士で付き合うなんて夢のような話だ。うちの場合、元々妻がそれほど飲まないタイプだった。それでも、真横に純度の高いビール馬鹿がいて、聞いてもないのにあれこれ延々語るものだから、おそらく普通の人よりはビールに詳しくなった。普通の人は「ラオホ」とか「カスケードホップ」とか「ドラフトタワー」なんて単語を聞いてもピンとこない。でも、妻は一応把握している(シブシブかもしれぬが)。
当初、熱狂的ビールファンにならない彼女に不満を抱いたこともあった。「こんなに美味しいし面白いのに、なぜもっと好きにならないのかな?」と。が、結婚し地方に移住し、子どもができて思う。今の「少し飲んで面白い感想を言うけど、そこまでこだわりがない配偶者」がいるという状況が実は、田舎のビール好きにとって最高なのかもしれない。
興味がないからと色々反対されるとこちらも態度が硬くなってしまうけれど、自宅カウンターをぶちぬいてドラフトタワー付のビールサーバーを置くことも、貴重なロフトの一室をビール専用部屋にしてしまうことも、ビール本を定期的に買うことも、なんだかんだ許してもらっている。ありがたいことだ。
僕にとってのビールは、妻にとってのスイーツである。僕の好き割合はビール95:スイーツ5。一方、妻は真逆で、スイーツ95:ビール5なのだ。だから僕はどうしてもビアイベントに行きたいときや、高いビールを買いたくて交渉が必要なときに、「つまり、これはスイーツで例えるとね…」と話して理解してもらっている(たぶん、おそらく、きっと…ゴニョゴニョ)。逆に、妻がスイーツ関係を求めるときは海のように寛容な男でいるはずだ(たぶん、おそらく、きっと…ゴニョゴニョ)。
かつては望んでいた妻のビアマニア化。今は現状が心地いいので、あまり奥深き麦酒ワールドに案内し過ぎないよう注意に注意を重ねているところである。