世界一美味しかったビール
ここ数日、最大級にお腹を壊していた。2、30分に1回はトイレに行くことを余儀なくされ、出るものも水であることを余儀なくされていた。
一体何が原因なのだろう?と振り返ってみると、3日前の昼に食べた焼肉ランチが最も怪しい。自分ではしっかり焼いたつもりだったけれど、おそらく焼きが甘いものがあったのだろう。それから2日間は一日中寝ることを余儀なくされた。「余儀なくされる」という表現の使用を余儀なくされるくらい、本当に何もできなかった。ぐうの音も出なかったが、ぎゅるぎゅるの音は常にお腹から出ていた。
たまらず病院へ行き、点滴をしてもらい、薬(抗生物質と整腸剤)をもらってからは一気に快方に向かった。丸2日間何も食べられなかったのに、少しだけ食欲が出てきておかゆを食べることができた。そのおかゆのなんと美味しかったこと。元々おかゆは大好きなのだけど、体が欲していたためこの上なく絶品に感じられた。
「ビールが好きだ!」と公言していると、「じゃあ、今までで一番美味しかったビールは?」と問われることが多い。その時々で変わっていくのだけれど、昨年からはこう答えている。「朝から何も口にしていなくて、めちゃめちゃ喉が渇いているときにグアムで飲んだ、ミナゴフのIPA」と。
昨年、取材でグアムを訪れ、世界的にも著名な醸造家であるToshiさん(石井敏之さん)に独占インタビューを敢行した。初日に対面でのインタビューを済ませ、2日目は醸造所で話を伺う予定に。その2日目はホテルから歩いて醸造所へ向かい、途中で朝食をとる算段だった。ところが、少し予定が狂った。朝食を食べられたり、買えたりするような店がなかったのだ。が、僕は空腹をそれほど苦に感じないため、「まあ、いいか」とそのまま醸造所へ向かった。
到着後、取材を進める中でまた予定が狂ったことに気付いた。空腹は耐えられても、喉の渇きは耐えがたい。タイミングを見て、「すみません、一杯水をもらえますか?」と本気でお願いしようと思っていたところ、Toshiさんから奇跡の提案があった。丁度IPAについて質問していたため、「飲みますか?」と新鮮なIPAを樽冷サーバーから注いでくれたのだ。
そのIPAのなんと美味しかったこと。元々IPAは大好きなのだけど、体が欲していたためこの上なく絶品に感じられた。本当にあの一杯は忘れられない。
かつて下北沢で一人暮らしをしていた。大学を卒業し実家を出て、思いきり羽を伸ばしていた。貯金はなく、25日の給料日までに全てを使い果たすのが毎月の恒例行事になっていた。よく空っぽの財布を持って24日の夜に飲みに行き、0時を過ぎたら店を出てコンビニへ行き、口座に入りたての給料をおろして払っていた。
ただ、いつもうまくいったわけではなかった。一度、死にかけたことがある。その月は給料日まで残り2週間で、5000円しか残されていなかった。飲みに行き過ぎたのだ。冷静に計算した僕は青ざめた。一日357円。当然、タバコはカット。買ったまま食べていなかった米を炊いて夜に食べ、朝と昼は何も食べなかった。そんな生活をしてしのいでいたが、予定が狂った(予定は狂うためにある)。会社で何度かお届けモノを頼まれてしまったのだ。交通費はすぐには返ってこない。最悪なことに家の米も尽きた。当時、冷蔵庫も家になく食材は一切なかった。空腹の極致だった。
あと3日間、所持金数十円でどうやって過ごせばいいんだ!?
と絶望に浸っていたとき、奇跡が起きた。数日前からアパートの隣の部屋が引っ越しをしていた。毎日うるさいなと思っていたけれど、その夜ノックの音が。ドアを開けると、「隣に越してきた○○です。よろしくお願いします。よかったらこれどうぞ」と引っ越しの挨拶品をくれたのだ。
「ああ、どうも。よろしくお願いします」と努めて冷静にモノをもらったものの中身が気が気でなかった。扉を閉め、爪を立てる勢いで中身を開けた。もしも石鹸だったりしたら「やり直し!」と突き返してやろうかと馬鹿な考えが駆け巡ったが、中身はお菓子だった。それも僕の好きなサクサクしたウエハウス的なものだった。
そのウエハウス的なお菓子のなんと美味しかったこと。僕がそのウエハウス的なお菓子で3日間食いつないだのは言うまでもない。
大好物を最高のタイミングで口にする。これは人生においても屈指の幸せなことだ。けれど、命をかけることを余儀なくされる場合もあるのでご注意あれ。