伊勢神宮で二度見された男たち


 今年の初詣は家から徒歩2分の神社で済ました。1歳の息子と手をつないでのんびり歩いて行ったので、5分くらいかかったのだけれど。

 実家は初詣をしない主義だった。主義とか高尚なものではない。ただ単に親が出不精なだけだった。「わざわざ人込みに行くのは嫌だ」と。そんなわけで、僕が初詣に行くようになったのは、基本的には社会人になってから。一人で行くこともあったし、付き合っていた女性と行くこともあった。男友達と行くのも楽しかった。

 ある年明け、友人から電話があった。

友「矢野、初詣行った?明日行かない?」
僕「いや、まだ行ってない。どこか行こっか?」
友「行こう行こう、伊勢神宮にする?あ、間違えた(笑)。明治神宮」
僕「ああ!伊勢神宮いいじゃん。俺、行ったことないし」
友「じゃあ、行くか!」

 本当にただの言い間違えがきっかけで、伊勢神宮へ行くことになった(ここら辺のフットワークの軽さは今見習うべきかもしれない)。他に友人も誘ったが、翌日からの伊勢旅行に付き合ってくれる酔狂な者はいなかった。男二人旅である。東京駅で新幹線に乗り、缶ビールをたらふく飲んで名古屋で乗り換え、伊勢神宮を目指した。ところが、東京駅に昼集合だったので間に合わない(ここら辺の計画性のなさは見習いたくない)。結局、松阪で夕飯を食べて翌日に参ろう、となった。

 男二人旅だ。普通の居酒屋に行っても面白くない。そこで、勇気を出してスナックへ入ってみることに。店内にはママと常連さんらしき初老の男1人しかいなかった。おそるおそるカウンターに座り、男3人が並んだ。僕らは20代。50歳くらいのママは、珍しい世代が東京から来たとあって明らかにテンションが高かった。色々なことを根掘り葉掘り聞いてくる。しばらく4人で水割りを飲んでいたが、常連さんが帰ることになった。

 その後、お客さんが来ることはなく、3人で飲み続けた。すると突然ママが「よし、店閉めて2軒目行くわよ!」と店仕舞いを開始。自分の店から独立した後輩が営むカラオケスナックへ行くことになった。2軒目で声が枯れるまで歌を歌い、さらにママは「美味しいラーメン屋が朝までやってるのよ!」と深夜4時くらいにラーメンへ寄ることに。そこで、ラーメンとビールで締めた僕と友人はママに別れを告げ、泥酔状態でホテルにチェックインした。5時に近かった。

 翌朝、目が覚めると激しい二日酔い。さらに、なぜかスナックのおしぼりが大量に入った黄色いカゴが置いてあった。酔っていたため、二人とも全く経緯を覚えていない。が、置き去りにするわけにもいかない。そのため、伊勢神宮におしぼりも連れていくことに。友人と交代制で持ったのだが、僕は人生であれほどすれ違う人に二度見されたことはない。そりゃそうだ。神聖なる神宮とまっ黄色のカゴ(デカい上にはみ出さんばかりのおしぼり入り)は似つかわしくなかった。

 僕らは相談した末、おしぼりを洗って返すことにした。人に聞きまくってようやく古びたコインランドリーを発見。帰りの特急に乗る前に、ママに渡すことにした。電話をするとママは、「わざわざ洗ってくれてありがとね。最後に松阪牛でも食べていきなよ」と定食屋を紹介してくれた。僕らはおしぼりのカゴを返しがてら、ママと三重の旅最後の食事をした。松阪牛がご飯に合い過ぎ、僕と友人は調子に乗って5杯ずつくらいご飯を食べ、店の米を食べ尽くした。ママは満面の笑みで「また来てね」と言ってくれた。そして、帰京した。
 
 
 
 そんなわけで、伊勢二人旅の思い出と言えば、スナックとおしぼりのカゴとママで8割が占められている。また伊勢に行くことがあったら、きちんと朝家を出て、伊勢角屋麦酒を飲める店をリサーチし、効率よく観光地を回ることだろう。それが成長というものだ。だけど、ママと黄色いカゴに翻弄され、コインランドリー探しで2時間を費やすなんて馬鹿な珍道中も、それはそれでやけに楽しかったなあと追憶するのである。

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